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涙の音は

追われている、農作業にcoldsweats02

鹿児島の塾生からメール。
日本史のテストでの躍進がなされたらご褒美を約束していた。
そのご褒美は僕としてはちょっと奮発していて、
その代わりというか、ご褒美確保点数はかなりハードルを上げていた。
けれど、達成メール。
嬉しいけれど、困ってしまう、複雑な気分。

鹿児島市から電話。
入塾希望の中学生。
今週末は東京行きがあるために塾ができない。
残念だ。
どんな生徒か?早く指導してみたい、と思いつつも、
東京行きの楽しみの方も負けず劣らずの微妙な気分^^

気持ちというものは波にのっかっているようなもので、
ゆらゆら揺れて、浮いたり沈んだりしながら、
常に変化している。
一定ということはまずありえない。

通夜の席で、僕はたまたま、いとこ夫婦に挟まれる形になった。
右にいとこである夫、左に彼の妻が座っている。
僕らが座る席の前には祖母の子どもである、僕らの親が座っている。
次から次に訪れる弔問客は僕らの親の前でひとことお悔やみの言葉をかけてくれる。
そんな光景を眺めながら、ふと気付いたことは、
両隣に座る夫婦の涙の音が同じときに聞こえることだ。

夫婦なのだからお互いが知っている人もたくさんいると思うけれど、
彼らが涙を流す音が僕の両耳に入ってくるときがほとんど同じ、
それは、彼らの弔問客に対する思いが重なるということ。
それは、人間に対する感じ方が同じということ。
涙の音は心と心が深い部分で重なりあったときに聴こえてくるもの。
こういう夫婦だとうまく行くんだろうなぁ・・・、
まぁ、独身中年から夫婦の心得を聞いても耳を傾ける人はいないと思うけどなhappy02

ゆらゆら揺れて当たり前の気分というものが、
ピタッと重なるときに、なんとなくいい気分になったりするもの。
「思い」というものがすべて重なることは、人間なのだからありえない。
ただ、人間観が重なる夫婦というもは、一緒にいてやすらげるんじゃないかなぁ?
これも独身中年からは言われたくないだろうなbleah

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