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2009年3月の28件の記事

ANNIVERSARY

パソコンで作業していると、ついついネットサーフィンをしてしまう。
データのときは遅くて面倒だな、とやってなかった。
それの反動か?
今日はちょっとやりすぎた感がある。
パソコン作業でどうしてネットサーフィンになってしまったかというと、
理由はこれdelicious
これをああだこうだやっていたら、
結局、塾生が帰った後にもう1回やり直しになってしまったcoldsweats01

で、そのネットサーフィンで、
3人の方のブログと2つのニュースに目が止まった。

ブログのひとりは田代まさしさん、2回だったかな?捕まったはず。

田代さんへの興味はほとんどなかったので、
彼が活躍していた頃、彼がどういう番組に出ていたのか知らなかった。
また、彼の人気がどれくらいのものかもわからなかった。
彼が人気者であることを知ったのは、
彼が最初に捕まったとき、塾生が言っていた「妹がとても悲しんでいた」という言葉。
その理由が、志村けんさんの番組で、志村さんの相棒的な役をやっていたらしく、
それは田代さんじゃなければダメな役だったという。

田代さんの代わりはいない、そんな役柄があったらしい。
そのときに初めて田代さんの人気を知った。
ブログの過去記事も読んだのだけれど、
そこでまた思ったのは、田代さんというのは人間的にとても魅力的な人なんだなということ。
応援してくれる人がまだまだたくさんいる。
鈴木雅之さん始め、小中学校の同級生や、飲み屋のおやじさんや、
どん底を味わった後に、
こんなに応援してくれる人がいることは幸せだろうな。

次が、なんと、僕が住む町の隣の市の市議会議員
なんとなく名前だけは聞いた記憶があったのだけれど、
こういうメッセージを発信していたとは知らなかった。
この方の内面までは知らないけれど、
ブログを過去記事へと読み進めていくと、
理不尽な思いをしてきたことと、
それをバネに懸命にがんばっていることは伝わってきた。
僕はこの方の主張に賛同しているわけじゃないけれど、
ブログを読むと一生懸命さは伝わってくる。
なのでちょっと紹介したくなった。

こんなニュースもあった。
ある記事で同じ職業の女性が語っていたことを思い出した。
介護を真面目に一生懸命やっていることで逮捕されてしまうというせつなさ。
こういう判決には寂しさを感じる。
誠実に生きている人を苦しめても、
この世のためにもあの世のためにもならない。
検事さんとか判事の方に対して、
市井の人々はあなた方を「正義の味方」であると思っている人の方が多い。
だから、額に汗する庶民が悔し涙を流すことのない社会にして欲しいなぁとしみじみ思う。

中1生が担任教師を流産させるために・・・、というニュースもあった。
そういうネーミングを本当に子どもたちがつけたのかなぁ?
真実はしばらく時間が経ってから見えてくるもの。
最近のマスメディアは13歳にも容赦ないところがあるから。

ユーミンが鹿児島でライブをやるらしい、新聞に出ていた広告を読みながら、
ユーミンかぁ、どれくらい入るかなぁ?なんてことをポツリと漏らしたら、
行きたいよ、と。
身近に1名^^

3人目のブログはそのユーミン
コメント欄にいっぱい書き込みがある。
ユーミンがコメントを読む可能性もあるわけで、
それはファンにとってはたまらないだろう。
ファン暦の長い人は数十年になると思う、
そういう人にとっては、彼女は自分の人生の伴奏者といってもいい。
リンクなんか貼っておけば
もしかするとユーミンが自分のブログを読んでくれるかもしれないのだから。
これがブログというツールの画期的なところだろうな。
拓郎もやんないかな?^^

まだカーステがカセットテープの頃、
知人の車に乗るとユーミンのAnniversaryが流れ出した。
その知人には似合わないなぁと思いながら聴いていた。
いいメロディだなぁと浸っていると、2回続けて流れた。
その2回だけでは終わらず、なんと4回続けて流れた。
彼はこの唄がやたらと好きだったらしい^^

そのときに耳に残った歌詞は

あなたを信じてる
明日を信じてる

というフレーズ。
このあたりのメロディと歌詞の入り方が、ユーミンの才能のすごさだろうなぁ。
僕がその曲を聴いたのはそのときの4回と後何回かラジオで。
それ以来もう20年近く聴いていないのに、その部分だけは今でも覚えていた。

ユーミンブログを読んで久しぶりにその唄を聴きたくなり、
例のごとく探した^^
それを聴きながら理不尽な判決を受けた看護師さんの家族の映像を思い出した。
以前、テレビで彼女の家族のドキュメントが流れていた。
彼女が逮捕されても家族全員が彼女を支えていた。
市議会議員さんもおくさんと二人で選挙運動をがんばっていた。
13歳の少年たちも今回の出来事を猛省したら家族がこれからを応援してくれる。

家族というものはそういうかけがえのないものだから、
結婚していい家族を作りなよ、
と、説得力があるのかないのかわからない僕が元塾生に送った最近のメッセージだhappy02

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ん~~、まいった。

特技はなんですか?と尋ねられた。
特技?ん~~~、と考え込んだ。
ないかもなぁ?
スポーツは普通だし、
なんだろうなぁ、

と返答に窮していると、

普通っていうのは違うじゃないですかぁ、と言ってきた。

普通っていうのは誰かと比べてるでしょ?
自分にとっての特技ですよ。
誰かと比べる必要ないじゃないですか?

ん~~~、まいった。
お株を奪われた^^

確かにそうだなぁ、
自分が得意だって思うものであればいいんだから。

量子のことを語りあった。
その量子から、くじらが出来て昆虫が出来てビルが出来て、
人間も出来て、優しい人や冷たい人やスポーツが得意な人や勉強が好きな人や、
そうやっていろんなモノが存在するんですねぇ、と彼が言ってきた。

ん~~~、まいった。
14歳。


で、特技は?まだ浮かばないcoldsweats02

・・・わけのわからないことで悩むことか?bleah

襟裳岬のフレーズ、友人から言われたことがあったな^^

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状態として

モノは部品に分解できる。

自動車は、「エンジン」や「タイヤ」や「ドア」など、多数の部品からできている。

その部品も、更に小さな部品に分けることができる。

どんどん分解を続けると、「鉄」や、「アルミ」や、「ゴム」など、
原材料の塊になる。
 
それらの素材は「原子」が集まったものだ。

モノは原子の組み合わせによって成り立っている。


それでは、その原子の内部はどうなっているのか?


原子は「原子核」と「電子」という部品からできている。

どんな種類の原子でも原子核は必ずひとつだが、電子の数は異なる。

電子が1つなら「水素」、

電子が2つなら「ヘリウム」、

電子が3つなら「リチウム」、 

水素も、ヘリウムも、リチウムも、
どの原子も同じ部品(電子)からできている。

電子という部品が「いくつ」入っているか?

その「数」の違いがあるだけだ。

このことは、全部で約百種ある原子の全てにあてはまる。

「水素」と「鉄」と「カルシウム」は、
どう考えても同じ部品からできているとは思えない、

それは原子よりも大きい世界での常識であって、

原子の内側のより小さい世界に入った途端、

それまで「質」の違い(水素や鉄のように中身の違い)と信じていたものが、
(電子の)「量」の違いに姿を変えてしまう。
 


原子の内側と外側には、全く異なる2つの世界がある。 

原子の部品は「電子」。

電子はすべて同じ、
なのに、その同じ電子がいくつ結びつくかの差だけで、
約100種類の原子が出来ている。

このような特異な性質をもった部品のことを「量子」と呼ぶ。

電子は「モノ」といっていいのかどうか?

例えば、海水は「モノ」だが、波は「モノ」ではない。

波は海水の「状態

スタジアムの観衆がウエーブをおこしているとき、個々の人は、立ったり、座ったりの上下動を繰り返しているだけで、左右方向には動いていない。

waveという「状態」は左右に大きく動くけれど、
「モノ」である各人は小さく上下に動くだけだ。
 


もし、電子がモノなら、
「林檎を2つ集めてミカンになる」ようなことは起こり得ない。

電子は「1つなら水素、2つだとヘリウム、3つでリチウム・・・」となる。

ということは、電子はモノでなくて「状態」だとわかる。

その電子の数が増えるというのは「状態」そのものが変化するということになる。


世の中に存在するものはすべて約100種類の原子の組み合わせによってできている、
例えば水は「水素」と「酸素」からできている。
水素と酸素の違いは、水素は電子1個と原子核から出来ている。
酸素は電子8個と原子核からできている。

電子という同じ部品から、その個数の違いによって別の原子になり、
それが組み合わさって「水」になる。

目の前にあるこの空気もどんどん細かくすれば原子になり、
さらに細かくすれば電子という「状態」になる。
当然、僕ら人間も同じだ。
原子の部品である「電子」というもとが状態であるのなら、
僕らがこの世に存在していることも、それも状態として考えてもいい。

そうなると、今、こうやってブログを書いているということも、
頭の中でいろいろと考えていることも、
この意識というものも、

この空間はすべて「状態」、

状態であるのなら、人間が生きているということも、死ぬということも、
時と空間の流れの中の一瞬の出来事でしかない。

自分の存在自体がそういう状態と考えられるようになれれば、
生きていることも死ぬことも、自然に受け入れられるようになるんじゃないかなぁ?と。

たぶん、それが生々流転とか色即是空とか空即是色とか、
また、Let It Be、とか、imagineとか、
そういう世界じゃないかなぁ?と思っている。
そういう境地を感じることができたら・・・、
いいなぁ、と思うのだけれど、

どうだろう?

伝わったでしょうか?^^

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道しるべ

そのまんま東さんは以前不祥事をおこしたことがある。
その事件は東さんが悪いというわけじゃないのだが、
いつのまにか悪人にされてしまったのは芸能マスコミの怖さだろう。
東さんは犯罪を犯した人と同様に扱われ芸能界の仕事から遠ざかった。

その間、東さんは奈良県にある山本集さんのアトリエで修行した。
そこでの修行内容は、起床から就寝まで徹底的に規則正しい生活を送ることだった。
山本集さんは東さんにただひとつだけ課題を与えた。
それは山本さんのアトリエから歩いて1時間ぐらいのところにあるお地蔵さんのところに
通って、掃除して、そのお地蔵さんの前で黙祷して、
1時間でも2時間でも、そのお地蔵さんと話をしてくる。
そういう課題だった。
東さんは、3ヶ月間そういう生活を送ったという。
http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50491449.html

曹洞宗を開いた道元の禅の修業もそれに似ている。
最初は日常の仕事をただやらせるだけで、掃除したり農作業したり、
そういうことをやっていくと日常の重みというものがわかってきて、
自分の悩みや苦しみのようなものが、ただ観念の中だけのことであり、
大切なのは繰り返し行われる日常の仕事、そういう自然な生活、
そこに価値があるのだと気づいていくのだという。

東さんはどういう思いでお地蔵さんと話をしたのだろう?
日常生活にある価値とはなんだろう?
それを考えながら日常を過ごすのも悪くない。

なんていいながら僕がそういう日を送っているわけじゃないのだけどなbleah
とりあえず、悟りの境地を瞬間的にでも感じられるように、
一緒に進んで行ってみよう^^

とりあえず、そこから量子論へ進んでいくと、
量子論というものは悟りの境地へとつながる道しるべになる、

はず^^

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日本縦断したような・・・気分で

どこかにつまずきの箇所があるはず、
算数の基本中の基本から順番にチェックしていった。

学校のテストでいい点数を取っている子どもでも、
え??と思うようなところでつまずいていたりするのが、算数。
小学校のテストは、単元が終わったその後すぐ実施されるので、
完全に理解していなくても高得点を取ることができる。
だから点数だけで「理解している」と判断するのは避けた方がいい。

算数だけでも、理解していないところを個別指導で
チェックするシステムを学校は作った方がいいと思う。
算数のつまずきを集団指導で見つけることは困難な作業だ。

通知表では「よい」になっていてもほとんど理解していない児童もいる。
僕は基本的に中学生の指導が多いのだけれど、
小学校の算数のテストは高得点を取っていたという児童で、
5÷0.0002が出来ない生徒もいたし、
割合の比べる量ともとにする量の区別ができていない生徒もいた。
今日教えた小学生のつまずきの箇所も、通知表では「よい」になっている。
だからといって、先生を責めるのは酷で、システムを変えない限りこの状態は続くだろう。


例年、年に1,2回ほろ酔いがあるかどうかの僕が、
今年はもう3回目のほろ酔いになった昨日。
酒を飲むともうそのままそ~っとおやすみの世界に入る。
例のごとくブログはお休みでしたbleah

昨日の夕方、港に着いて、てくてく某所に向かい、
所要を済ませた後、友人と正月以来の食事へ行く。
行った場所が「つぼ八」、懐かしかった。
東京在住の20代、酒pouchは飲みまくり?だったhappy02
当時よく行ったのが「つぼ八」と「北の家族」。
つぼ八はそのとき以来かもしれない。
単身赴任の友人の家族は沖縄にいる。
僕はこれまでの人生で46都道府県に行ったことがある。
唯一行っていない県が沖縄県。
5月に沖縄に行くという、一緒に行こうかな?^^

ウォーキングの途中で見つけたおしゃれなカレーショップは、
外観もおしゃれで内装もおしゃれで、通り沿いのそこだけが「東京」っぽさを感じさせる。
今日で3度目のそのカフェに行った。
僕が作った安納いもも使ってくれた、シーズンが過ぎていたのでほんの少しだけれど。
そのお店のカレーに安納いもは合ったらしい、お客さんにも好評だったと。
で、そのマスターは東京出身、
居酒屋のインテリアデザイナーとして、東京、ロンドンで実績のある人だった。

拓郎ブログにコメントあり、コメントをくれた彼女は北海道在住、
北海道かぁ、また行きたいなぁ、3回行ってるけどなhappy02
市電に乗ると最近やたらと目につく広告がある。
日帰り出張も可能になりました、
東京への1便が7時55分発になったというANAのお知らせだ。
そしてその横に、それに乗ると北海道に午前中に着きますよ、
というキャッチコピーが追加されている。

頭の中の世界で日本縦断してしまった^^

都道府県名を繰り返し繰り返し復習させて覚えさせる小学校の先生がいる。
算数もそういう復習チェックのようなものを実施すれば、
そして、それを学校全体で取り組めば、
割合を理解せずに中学に進む子はもっと減ると思うのだけれど、どうなんだろう?

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雨ニモマケズ

午前中、弟家族を空港まで見送った後、田んぼへ行った。
田んぼでやった作業が、肥料撒きと田んぼの周囲に溝を作る作業。
鍬を使ったのだけれど、これがかなり疲れた。
まだまだ鍬をふるうときの身体の使い方に難あり、だ。 
こういう作業は慣れだろうから、やっぱり毎日やんないと要領をつかめないなぁ。

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この後、田んぼの表面を平らにする「代掻き(しろかき)」という作業がある。
来年からはそういう作業も自分でやれるようになりたいなぁ、
・・・、なんてことは去年も言っていたような?bleah

宮沢賢治の『雨にも負けず』を暗唱できるようになったのは、
この詩のように生きてゆけたら・・・、と思ったからじゃなくbleah
仕事柄だ。
学校の先生でこういう文章を暗唱させる先生がいて、
生徒と一緒におぼえてしまった。

僕がこの詩の主人公の生き方として違和感を感じるのは、
東西南北が出てくる箇所。

東に病気の子供あれば行って看病してやり
西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい

だよなぁと思うのは、

一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かりそして忘れず
野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて


後、最後の部分。
 

褒められもせず苦にもされず
そういうものにわたしはなりたい

この最後の部分は理想だ。
ただ、みんなにでくのぼーと呼ばれたくはないよなぁhappy02

なぜ、宮沢賢治の話が出てきたのかというと、
田んぼに行くたびに、
「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ」
というこのフレーズが頭の中に浮かんできて、
ついでに、まだ覚えているかなぁ?と復習してしまう^^

この詩は、自分が理想とする生き方にちょっと言葉を換えて読んでいくと
案外たやすく覚えられる。
どういう詩にしたかは言えないけどな^^

100年後にこの詩は残っているのかな?
なんとなく消えそうな気がしないでもないな。


「雨ニモマケズ」

雨にも負けず

風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ

丈夫なからだをもち

慾はなく

決して怒らず

いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と

味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

そして忘れず

野原の松の林の陰の

小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西に疲れた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行ってこわがらなくてもいいといい

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしは

なりたい

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、と

最近の自分の精神的傾向として挙げられるのが、
「中だるみ」だ。
「中だるみ」を英語で言うと「slump」^^

スランプというほどのものではないのだが、
最近、ちょっと精神的に立ち止まることが多くなった。

待てよ、と。

まぁ、47年も自分をやってきたので、
こういうときにはこうすればいい、ということはわかっている。
なので、こうしよう、と^^
ひとりごとでいい話だなhappy02


で、量子論だ。
量子論のことをもうちょっと詳しくと言われた。
詳しくといっても、リンク先の解説に詳しく載ってあるからそちらを読めば?
というと、それは面倒だ、とsad

とりあえず、週末にでも書き込んでおくよ、と。
今週も鹿児島中心だ。

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声に出して読むと

志賀直哉の「城の崎にて」は日本文学を代表する名文として知られている。
この文章を模写することは文章力を上達させるコツのひとつらしい。
名文と評価される文章は声に出して読むとよくわかる。
句読点の打ち方が絶妙で、す~~っと読むことができる。

以前、絵本の話を書いた。
あの、細野さんの地元後援会の方が気に入ってくれたヤツだ。
タイトル名は、ぼく、あいにきたよ (文藝春秋)
以前住んでいた家の隣が新聞販売所で、
その事務所の棚に絵本がずら~~っと並んでいて、
その中の1冊がそれだった。
新聞代を払いに行ったときにその棚を眺めていたら、
そこの従業員の方が、この本はとてもいい本だから読んでみては?と勧めてくれた。
そして、読むときは声に出して読んでください、と言われた。

国語を教えるときも音読をさせている。
小説文を声に出して読ませる。
声に出して読むことで脳が刺激され理解が深まる。
以前住んでいた住居は広かったのでひとりのときも音読していたのだが、
今住んでいるところは一間だから声が横にも上にも漏れそうな気がして音読できない。
塾生には音読させるけど、ひとりのときはなかなかできないなぁ^^

城の崎にて、は以前から読もう読もうと思っていたもの、
短編で読了するのに10分もかからないのだけれど、
だからか?後回しになっていた。
黙読で読み始めたのだが、いつのまにか声を出していた。
名文と言われるものを読むとついつい声が出てしまう。
名を残す作家というものはさすがだな、と実感。

ぼく、あいにきたよを声に出して読むと涙が止まらなくなる、そう言って貸してくれた。
声に出すと感情は素直に出てくる。
僕が涙をこらえられたのは途中から音読をやめたからだと思う。

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レノンが感動した花

「いきものがかり」のライブが鹿児島市であると塾生が教えてくれた。
けれど、チケットは即完売。
場所を聞くと、市民文化ホールだという。
じゃぁ、しょうがない、あそこは2000人くらいしか入らないだろう?
アリーナとかだったらもっと入るんだけどなぁ、
なんて感想を言っていたら、
なんと会場は市民文化ホールの第二ホールで客席は1000人にも満たないところ。
このチケットはお宝だ。
ブッキングしたとき、このバンドはそこまでは売れていなかったから、
こんなことになったんだろうな。

鳩山幹事長が種子島にやってくる。
講演会場は西之表市の公民館だという。
何人くらい入るんだろう?
たぶん、1000人は入らないだろう。
もったいない。
せっかく来るのに、もっとやりようはあっただろうに。
明日はロケットマラソンの日で種子島の大イベントの日なのに。
鳩山幹事長クラスなら種子島でもかなりの知名度がある。
だったら・・・、
まぁ、僕は民主党関係者じゃないからいいけどなbleah

神の見えざる手によって需要と供給がうまい具合に落ち着く、
アダム=スミスが言った言葉。
人気商品が出るとそれを買おう買おうとする人が増えて値段が高くなってくる、
そうすると、今度は供給する方も売ろう売ろうといっぱい作っていく。
値段が高くなりすぎると、ちょっと高いなぁ、と買い控えが始まり、
じゃあ、ちょっと作るのやめようかな?と生産をストップする。
そうやって、需要と供給のバランスが取れていく。

けれど、インターネットの時代になり、
神の見えざる手はちょっとずれるようになってきた。
広告、宣伝のやり方もどんどん進化してきたから、
広告の仕方によって売れ方もだいぶ違ってくるし、
神様は手の施しようがなくなってきたかもしれないなぁbleah

種子島の西之表市に全国的にも有名な「清水園芸」という会社がある。
フリージアの球根出荷数は日本一だという。
その清水園芸
「ジョン・レノンが見て感動した花」の栽培に成功したというニュースがあった。
http://www.t01.com/
レノンの遺作アルバム「ダブル・ファンタジー」のタイトルはその花がきっかけだという。

いいなぁ、
こういうふうに「レノンが感動した」なんていう枕詞が入る花を作れるってのは、
羨ましい。
もうそれだけでも清水園芸は世界的価値をもった会社だろう^^

それに、これは世界的需要がある、売れると思うなぁ。
これには神の見えざる手はいらない。
供給できるところは限られているし、

レノンが感動した花

キャッチコピーはそれで十分だ。

清水園芸、今度帰省したときにそう~~っと覗きに行ってみよう^^

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自分のことは棚に上げっぱなしで

村上龍氏の長編小説を読み終えた。
途中はちょっと疲れてきて飛ばし読みになった。
半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)
福岡市が他国から侵略されるというストーリーなのだが、
まぁ、ブックオフで買わずに、図書館で借りてよかったな、とbleah

マザーテレサが日本で口にした有名な言葉がある。
「日本人は、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
愛はまず手近なところから始まります。」
ホームレスの人たちを見てマザーテレサが感じたらしい。
たぶん、それを言われた日本人たちは、
あの方々は・・・、と心で反論したかもしれない、

日本人の宗教愛というものは限界があるんだろうな、
遠くの人に何かを贈ることで満足して、近くで寝込んでいるホームレスの人には、
あの方々は・・・、と、・・・と自分勝手に理屈をつけて避けようとする人もいるから。
日本人の中にある差別感、区別感、そんなことを表現するくだりがあったので、
そのマザーテレサの言葉を思い出した。

学生時代に浅田彰さんという人が書いた本が売れていた。
「構造と力」というタイトルの本で、何を言っているのか全くわからなかったけれどhappy02
当時26歳の浅田さんの外見は、
この人は勉強しかして来なかったんじゃないかなぁ?と思える風貌だった。
僕より4歳年上のその人を見て感じたことは、
この人は社会に適応できるような大人になるんだろうか?と。

自分のことは完全に棚に上げているbleah

村上龍さんの本を読み終えて、その浅田さんは今どうしているんだろう?
と、ふと思った。
小説の内容とは関係ないのだけれど、村上龍さんとこの浅田彰さんの対談が、
何を言っているのかわからなかったことを覚えているので。

で、ウィキペディアで調べると、その浅田さん、なんと大学院の学院長になっていた。
見事に社会に適応していた。

自分のことを棚に上げすぎていた現実がここにあり^^

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どうにかしよう!

市電に乗るとある大学の受験案内が中吊りに。
3月23日まで願書受付、24日が受験だという。

10年以上も前のこと、この時期に都内の私立高校から塾に電話があった。
「まだ進路が決まっていない生徒さんはいませんか?
もし、いたら3次募集がありますので・・・」という案内だ。

学校も経営を考えなければならないから、
もう、入試の点数にはこだわらなくなっている。
とにかく来てくれればいい、後はなんとかなるだろう、と。

正直な話、もうそんなに勉強しなくてもどこかの大学には、入れる時代、高校も同じく。
合格者の最低点を公表しない理由はそのあたりにあるんだろう。

1日中、パソコンに向かっていると目も疲れるし、指も痛くなってくるし、肩もこってくる。
が、順調に進んでいくので張り合いはある。 
今日も手伝ってもらったけどなbleah
でも、今日打ち込んだ分がすぐに活用できるかどうかはわからない。
もしもそういう生徒が来たら?
ということでやっている。

勉強しなくても入れる大学があっても悪いとは思わない。
ただ、そういうふうな仕組みを大学側が作ったのなら、
入学した後も責任を持って指導するべきじゃないかなぁ?と思う。
保護者も大学の質を見極めることをしないと、
授業料をどぶに捨てるような感じになる。
その中吊りの大学が悪いというわけじゃない、念のため^^

後はなんとかしろよ、と生徒に丸投げじゃいけない、
なんてことを主張するのなら、
なんとかするように準備はしとかないと、説得力がなくなるから^^

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悟っちゃえ

鹿児島市のアパートが今日からADSLになった。
データ通信と比べるとやっぱり速い、
光だともっと早いんだろうけどなぁ。

ムーブという関西ローカルの情報番組があって、
僕はいつもそれをyoutubeで観ていた。
月~金の夕方の番組らしい。
youtubeに流れているのはその番組の一部。

その中に、勝谷誠彦の知られてたまるかというコーナーがあり、
そこで紹介されるお店の料理がホントに美味しそうで、
今度大阪に行くときには必ず食べに行こう、と思いながら視聴していた。
けれど、それが最近はほとんどアップされなくて、
しょうがないから、とりあえず本を購入することに、
勝谷誠彦の知られてたまるか!

勝谷誠彦のまだまだ知られてたまるか!

ええ、もちろん関西在住の方々が購入するわけで、
何のために?
ええ、もちろんおごるために、
誰に?
ええ、もちろん、私にでありますbleah

で、この番組は今月第1週で終わってしまったのだけれど、
「量子論」をテーマにした話が竹内薫さんのコーナーであった。
これが「なるほど~~っ」と思わせるようなとてもいい内容だった。
色即是空、が出てくる。

みんなで悟っちゃえって感じかもなconfident

量子論(ムーブ、前、後)
http://www.youtube.com/watch?v=iW782d0Txt4
http://www.youtube.com/watch?v=vSAoxhbWjGg

量子力学
http://www.ryoushi-rikigaku.com/inside.html

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チャレンジ

まず1年、1年を通してやってみることでいろんなことが見えてくる。
1年前にそんなアドバイスをもらった。
その農業の1年が終わった。

見えてきたのは、今年もこの1年と同じように、同じ畑の広さで同じ農作物を作って、
それが最大限に利益を生んだとしても、
種子島での農業収入は年収100万を超えないだろう、ということ。
年収を上げるためには、もっと畑を増やさないといけない。
しかし、畑を増やしたからといって収穫時期は同じなわけで、
例えば、大根5万本が10万本に増えたとしても収穫する時期、期間は同じ、
ということは、単純にもっと作ればいいというわけでもない。

待てよ、と、収穫時期は一緒というところから思いついたことがある。

「鹿児島本土でも農業をやればいい」

種子島と鹿児島では農作物の収穫時期がずれる。
それを活用すればいいんじゃないかと。
さらに鹿児島で農業をやることで安納芋の販路拡大にもつながる。

畑を増やす方法よりも、利益率を上げる方法を考えた方がいいように思った。
今年、一番利益率がよかったのは安納芋のネット販売だ。
生産から販売までを全部自分でやったわけだから、悪いわけがない。
ただ個人でやるには売る量に限界がある。
けれど、農業生産だけでは収入の増加は見込めない。
生産したものを自分で売ることをすれば増収につながる。

これからは農業の時代だ、という論を説く経済評論家がいる。
自分自身、農業にこの1年関わってみて、そのことを実感している。
これからは農業を中心に経済は動いていくだろう。
だからといって、塾をやめて農業1本でやっていこうとは思わないんだなぁ、
塾は塾でやりがいがある、儲からなくてもbleah

鹿児島でも畑を借りて農業やろうかと考えていることを友人に話すと、
農業法人を作ればいいんじゃないか?というアドバイス。
そうかぁ、そういう方法もあるなぁと新しい挑戦に意欲が湧いて来た。
いろんなことにチャレンジできるということは幸せなことで、
それがまた生きる活力にもつながる。
毎年毎年チャレンジできることがある人生は悪くない。

ということで、とりあえず、多国籍農業というか多地方籍農業?
明日から鹿児島なので、これに関して今週中に相談に上がりますship

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ひとりピクニック

快晴だ。
Imoimo3_114





こんなときはピクニックだ。

10日ぶりの種子島へはフェリーで。
穏やかな波で揺れもなく気持ちよかった。
いつも港に車を停めているのだが、今回は長い鹿児島滞在だったので、バス利用。
バス待ち時間が20分くらいあったので、
港を降りてからちょっと歩こうと次の停留所に向かって歩き始めると、とても気持ちいい。
バスを1本遅らせよう、という結論に達し、ひとりピクニックへ。

いい場所があるのだ。
バス停も近い。
とりあえず、ピクニックにはおにぎりだろうと、
近くのスーパーでおにぎりを買ってお茶買ってイザ。
Imoimo3_113








で、おにぎりを食べているところからから見える風景^^









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・・・そう、ハイ、いつもの祖父の墓だ。
前にも書いたように僕はこの墓地によく行くのだ。
墓地内でおにぎりを食べるとどういうことを考えるかというと、

・・・試してみてください^^

誰もがいつかは「死」というものを迎えるのだが、
その「死」に対して自然にありのまま受け入れられるようになるには、
やっぱり宗教の考え方がしっくり行くような気がする。
僕は特定の宗教を信じているわけじゃないけれど、
仏教で言われる「色即是空空即是色」にそのヒントがあると思っている。
「LET IT BE」も根底に流れているのは同じようなものだと思うけれど、
心の中にす~~っと入り込んでくるのは仏教の方だ。

そういうことをわかるためには、自分の心の中に「わかりたい」という思いの種を
蒔かないとならない。
これは勉強も同じだ、自分の中に「わかりたい」という思いの種がなかったら
わかるわけがない。
特定の宗教に入るといろいろと面倒だから、
僕の場合、そういう種をまくために祖父の墓地に行く。
そこで思索に入ればなんとかその境地に行けそうな気がしてくる。
自分自身が納得できればいいのだから、それは勘違いでもよくて
自分の思考範囲の中でそこに達すればいいことだと思う。

おにぎりを食べながら、あぁだな、こぅだな、なんて考えていると、
もう少しでその境地に達せられそうな気がしてくる。
そこにたどり着けたら、最高だろうなと思っている。

どうしてそんなに墓地に行くんだろう?
そんなにおじいさんのことを想ってたのかなぁ?

なんて疑問を感じていた方、僕はただ自分のために行っているのです^^
ま、ひとり宗教団体と考えてもらえれば。

午後1時過ぎのバスで家路に着いて裏の畑を耕耘機で耕して、
明日使う英単語プリントを印刷して、
今日も夜は更けていきました、
僕も1日老けさせていただきました^^

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男の子女の子

今年大学受験を終えた元塾生から模擬試験の過去問を譲ってもらうために、
中央駅で待ち合わせをした。
「どこにしますか?」とメールがあり、「どこでもいいよ」とメールで返信。
「じゃ、○○○で」とメールあり、・・・そこがわからないcoldsweats02

どこでもいいよ、は、あっけなく僕がわかる場所に変更になって、
そのお店の前に立っている彼女と思しき後姿を見つけた。
近づいて、声をかけようとして、待てよ?何か雰囲気が違う、と、
顔をチラッと覗くとやっぱり人違いだ。

もし、種子島にあったら、かなり流行るんじゃないかと思われる商売がある。
中、高生の男の子をターゲットにした洋服屋さん。
僕自身はおしゃれではないのだが、まぁ、言わなくてもわかるだろうけどなbearing
東京、埼玉、広島、鹿児島と中高生を指導してきて、
勉強とはちょっと離れるけれど、
彼らを見て思うのは、洋服選びのセンスの良さは田舎の子も都会の子もおんなじということだ。
種子島の中高生の男の子たちは、
どこでそういうおしゃれな洋服を購入しているのかというと、島外だ。
ネット購入やまた都会に住む親戚、兄弟から送ってもらったり。
中高生の男の向けのおしゃれな洋服を扱う店が島内にはないのだと言う。
これはビジネスチャンスだと思うけどなぁ、どうなんだろう?
そういうセンスがあればサイドビジネスにやってもいいんだけど、
残念ながら僕にはないgoodと威張ることでもないな^^

男の子も女の子もかっこいい子が増えたよなぁと思う。
待ち合わせていた彼女もおしゃれなスタイルで階段前に立っていた。
ただ、過去問の入ったちょっと重そうな紙袋が似合っていなかったな。
でも、それを持ってきてくれと頼んだのは僕なんだけどなbleah

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回りくどいでしょうか?

ちょっと考えるような出来事があると、
どうしてこういうことが起こったんだろう?と考えてみる。
いいことだったらそこまで深く考えることはないのだけれど、
ん~~、と考え込むようなことだと、
ん~~、と考え込んでしまう。

原因はなんなのか?
そうなってしまったきっかけがあるはずで、
順々に振り返っていくと、あぁ~、と見えてきたりすることがあるものだ、たぶん^^

植物は種が芽吹く前から競争を始める。
芽が出ると隣より早く大きくなろうという競争を始める。
大根のタネをわざわざ多めに蒔いて、その後、間引きする理由はここにある。
葉と葉が触れ合わないように、横に余裕ができると競争がやや納まるとのこと。
人間にも同じようなところがある。
「切磋琢磨」という四字熟語なんかは見事にこれを表している。
進学塾はそこを大いに活用している。

元塾生の短大生と2人で古文単語や英単語をパソコンに打ち込む作業をした。
約3時間手伝ってもらったのだけれど、
僕がひとりでやったときと、今日みたいに2人でやったときとの作業量を比較したら、
確実に数倍は違う。
これは競争ではなく協力の方であり、共同作業の利点だ。

競争で勝利して心から喜べるのはスポーツやある種の競技会などだろうか?
勝つという喜びがあるからがんばれるということもあるだろう。
けれど、それ以外の生活面では、
競争よりも協調することで得られる喜びの方が多く、
また心の満足度はそちらの方が高い。
スポーツで勝利して嬉しいのも、そこに至るまでの過程に、
いろんな人たちとの関わりがあるからであり、
これがすべてひとりで勝ち取った勝利なら、喜びなんて些細なものだろう。

ある出来事を起点として過去を振り返っていくと、
あ、と立ち止まる時があって、そこから見えてきたのは、
相手の思いに対しての、自分の感謝の足りなさのように感じた。
思い、というものに対してはもっと素直に感謝しないとなぁと思った、
ちょっとした出来事がありました。

ま、こんなに回りくどく説明することでもないんだけどなbleah

ま、これがブログ^^

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仕事モードへ

18きっぷの旅は各駅停車の列車にのんびりすわって、
景色をながめたり本を読んだり、そういうときを過ごしながら・・・、
と、すべてがいい時間というわけでもない。

体力を消耗するときがある。
どういうときかというと、座れなかった場合だ。
中核都市や、通勤通学時間に当たるとそういうことがある。
立ちっぱなしの数時間はきついから、
僕の場合、込んでいたら次の電車を待つようにしている。

が、今回は目的地が東京と決まっていたので、
乗り継いで乗り継いでという感じになり、座れない列車に当たる可能性が高かった。
それを考えたとき、ん~~、大丈夫かな?という体調の問題であって、
例えば、新幹線で東京往復とか、飛行機で東京往復だったら、
全く問題ない体調であったのです。
だから、そんなに病んでいるわけじゃなかとです^^

もし、飛行機代出すから明日日帰りで東京行って来い、と言われたら
らじゃangry
と何の躊躇もなく行けるような体調であるのですwink
旅行を途中でやめたので、病気っぽい感じを与えたようで(*_ _)人

まぁ、今回も新幹線で確実に座って行けるとわかっていたら、
余裕で東京行ってこれたのだけど、
僕の場合、なぜ18きっぷかというと、moneybagの問題もあり、
この体調での18きっぷでの東京往復はきついかな?とそう考えた次第^^


とりあえず、こんな感じで今日は鹿児島。
友人の家に車を借りに行き買い物。
部屋を二つに分ける間仕切りのようなものが欲しくて、
あちこちの店を回ってみた。
衝立を買えればいいのだけれど、ちょっと高い。
スタンド式のカーテンもちょっと高い。
これだ!!
と目に付いたのが花壇などで使うもの。
これはヒットだったな。
今度ブログに載せよう!!

その帰り道に新しいブックオフを発見。
以前、大きな本屋さんがあったところだ。
ブックオフに変わっている。
早速、中を探索。

すごい、受験モノが揃っている。
この時期は受験モノが多数出る時期でもある。
もうちょっと安くなるのを待つことにしたbleah

明日は1日中パソコンの打ち込み。
元塾生の学生が手伝いに来てくれる。

と、もう仕事モード全開pout

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無理をしない主義なので

一路、東京、のはずではあったのだけれど、
今日はどうも身体の調子が本調子ではなく、
移動読書もどうも集中できない。
東京は無理そうだなぁと思えてきて、そう思い始めると、
気がめいってきて、さらに無理そうだなぁと気分は下降気流bearing
身体が無理そうだといい始めたら、無理はしない主義でもあり、

そんなところにメールあり、明日の夜が微妙な状況と。
あ、じゃ、今回は無理をせず東京断念、で、早々にホテルへ。
まぁ、高速料金は1000円になるし、
今度、車で行くかぁというふうに気持ちを切り替えた。

病気というわけではなくて、
このまま無理をして身体に負担をかけたとして、旅行中は大丈夫でも、
旅行から帰った後に疲れが残りそうだな、と。
この辺りは長年の「旅のプロ」として?の勘だ。
・・・プロ?よかよか^^
仕事に悪い影響が出るような旅は、プロとしてやってはいけない旅だ。
・・・そこまでプロじゃないんだけどなbleah

ま、こういうふうに、予定は未定の人間だから誰かと一緒の行動なんて怖くてできない。
東京は断念したけれど、今週の土日は休みにしたので、のんびり近場をぐるりと・・・、
なんてことは考えない主義なので^^

こんなときはすぐに帰って春休み前までにやんなきゃなんないことをやり終えようと。
こういうふうにめちゃくちゃに予定が変更されてしまうことが・・・、
嫌いじゃないなbleah

ただ、自分のせいじゃなくて誰かのせいだったらここまで鷹揚にはなれないだろうな^^

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選択肢に悩まされ

アパートから確定申告の会場まで、歩いて30分、バスで10分くらいだろうか?
アパートから歩いて1分のところにバス停がある。

バスを待つ時間が数分だったらバスに乗って行こう、
それ以上だったら歩いて行こう、

糖尿効果はこういう2つの選択肢を僕に与えてくれるようになったbleah
どちらに転んでもいいと。
糖尿前の僕は、30分も歩いて行く選択は最初からなかったな。
きっと次のバスを待っていただろう。
そして、ギリギリで乗り遅れたら、あぁ~~ついてないなぁと考えただろう。

選択肢が増えるということは、どちらに転んでもよかよか気分に持っていける。
糖尿よありがとうだ^^

信号待ちをしているときに、反対側の道路をさ~~っと、バスは走り去った。
見事だ、で、歩くことに。

すべて準備して出かけたので、申告はスムーズに進んだ。
パソコンに打ち込む作業を手伝ってくれたお兄さんは、アルバイトだった。
税務署の職員かと思っていたら、パソコンに打ち込むのはバイトの人が多いとのこと。
とても親切なお兄さんだったな。

税金を申告するたびに思うのは、来年はもう少し稼ぎたいなぁと^^
新卒かよcoldsweats02というような額であり、税金も限りなく少なく、
なんか国に世話になっている感覚で、いや、世話にはなっているのだが、
もうちょっとなんとかしないとな!!

パソコンのプリンタがないというのは本当に不便で、
帰り道に大型電器店に寄って、安いプリンタ買って行こうかな?と思い、
寄り道を考えたのだけれど、
どうやって持って帰る?という現実的選択を迫られ、
バス?でもちょっと大きいよなぁと思い、
タクシー?ん~~、これは贅沢だなぁと思い、
送ってもらうか?送料がかかるなぁと思い、
選択肢はことごとく拒絶されて、
あぁ、今度来るときにキャリーカートを持ってくりゃいいんだ、と。
なんのことはない選択が残されていたので、
寄り道せずに、そのまま帰った夕暮れ時でありました。

では、みなさまおやすみなさい、早い?^^

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口を開かずに日が暮れて

いつもは種子島で塾の日なのだが、
18きっぷの旅&鹿児島の塾の準備のために鹿児島滞在。
今日は誰にも会う予定がなかったので、
昨日、安売り弁当を買い込んでおき、
一歩も外に出ずに集中的に作業をやるぞ!!と気合いを入れた。

さらに、一言も会話をしない日にしようと気合いを入れた。
あぁ、これに気合いは、いらないなbleah

誰とも会話をしない日というのは、誰とも接触がない日であり、
こういう日は1年に1日あるかどうかだ。
僕としては1年に3日くらいはそういう日があってもいいと思うので、
今年は後2日そういう日を作ろう。
なぜ、3日なのかは、今適当に思っただけなので理由はないbleah

午前中からとりかかろうと思っていた作業は、
昨日就寝前に読み始めた経済小説の続きで終わってしまった。
午後1時前にやっと読み終えて、午後からは順調ではないが鈍行的に進んだ。
経済小説は好きな方でいろいろと読んでいるのだけれど、
読み終えた後にいつも感じるのは、経済というのは結局は「心」なんだなぁということ。
「人の心」が経済を動かしている。

一歩も外に出ずにという目標は、キャベツを買いに出かけたことで果たせなかった。
ついでに買った明日のためのあんぱんとおにぎりで、310円が今日の僕の経済活動だ。
こんなんじゃ、日本経済には貢献できないなhappy02

でも、僕は貯金がないというところでもわかるように、
稼いだお金はすべて消費している。
ま、借金返済もあるけれど、でも、それも消費だ。
と言っても、大した金額を消費しているわけじゃないのだが^^
 
経済は要は「気持ち」だ。

子どもの将来のための貯金はわかるけれど、
自分の老後のための貯金はとりあえず忘れて、
貯金がある人はお金をぱ~~っと使った方がいい。
いつかは、インフレがやってくるわけで、
そのときになったらお金の価値は今の数分の1になるのだから、
だったら、今、将来のために投資した方がいい。

こうやって、経済小説なんかを読んだ日には、
なんとなく自分が経済評論家になった気がしてしまうのは
誰とも話さずに1日を終えてしまったからだろうな^^

明日は誰か話し相手になってくれるでしょうか?

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初めての終点から

パソコンがもうぼろぼろだ。
いろんなところが故障しているのだけれど、
一番大切なところが大丈夫という状況wink

大型電器店をいくつか回った。
BBに加入すれば最大4万円引きというものまである。
加入セットでミニノート「100円」というものもあった。
パソコンを買うときは加入セットに限る。
鹿児島市内のアパートのADSLを先月でやめたのもそれが理由^^

車がない不便さは、こういうちょっと荷物になる買い物に行くときに感じる。
安売り店はほとんど市街地から離れたところにあるから。
市電、徒歩と回って、最後はバスを利用した。
鹿児島市には「山形屋」という老舗のデパートがある。
一度もそこで買い物をしたことはないけどなbleah
最後に用事があったのが、その近くのみずほ銀行だったので、
終点まで乗っていった。
そこで降りたのは初めてのことで、こういう場所もあるんだなぁとちょっと感動^^

初めての終点から、今度はトボトボ歩いてあっちこっち、
そうしたら、なんとこんなところにも安売り電器店があるのかぁ、という店を発見!!
車だったら素通りしていただろうその店には、これは安い!!
というのがいくつもあったけれど、
もうちょっと考えてから買うことにして、終点のアパートに帰り着き、
おにぎり&toppaを食べた今宵ですdelicious

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トッパとコカコーラゼロ

toppoというロッテのチョコレート菓子がある。
これがとても好きで、乗り物に乗るときはよく買っている。
以前は、それに水が定番だったのだけれど、
最近は、コカコーラZEROがセットになった。

コカコーラZEROは、甘味料アスパルテームというのが舌を刺激して、
甘さを感じさせるとのこと。
今年になってかなりはまってしまい、1月はよく飲んだ。
けれど、よくよく考えれば、カロリーZEROとは言っても、
甘味料は入っているわけであり、糖尿にはよくないよなぁと。
なので、今日で終わりにしようとさっき決めた^^

今、toppoはキャンペーンみたいなものをやっていて、
toppa、突破、とかけて、合格祈願的な形で売られている。
いつもは160円近くするものが、120円もしない。
お得だ。
だからといって、買いすぎるのは考え物だbearing

朝、友人からメール。
娘が大学合格したと、国立だ。
僕が最初に開いた塾名は彼女の名前から取った。
理由は、彼女が生まれた年の6月に始めたからだ。
それと、友人の子どもの名前を借用すればいい加減なことはやんないだろうと^^
赤ちゃんの頃しか見てないから、赤ちゃんのときしか知らないのだけれど、
僕にとっての原点は、彼女の名前で始めた塾だなぁ、4年で終わったけどなbleah

あれから18年、今、おじさんはとってもいい感じで生きているのであります。
これも彼女のおかげで・・・はないなhappy02
感謝が足りないか^^

合格祝いはtoppaとコカコーラゼロを贈ろう!
安売り中で余計に買ってしまったからな^^

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いい人未満

「いい人」を定義して言うなら、
人の立場を考えて気遣いをし、自分を犠牲にしてしまう人のことだという。
「いい人」であるがために精神的に病んでしまう人が少なくない。
僕の場合、当然、その範疇には入らない。
自分を犠牲にしてまで自分の生活スタイルを変えようとはしないなぁbearing

先日あったミニ同窓会の話を聞きながら、そんなことを思った。
僕は塾があるのでそういう会合へは参加しない。
ま、その前にお誘いもないけどな、付き合いの悪さは筋金入りだから^^
でも、きっと「いい人」だったら遅くなってもかけつけたりするんじゃないかなぁ?
とふと思った。

友人から車を借りてちょっと遠いブックオフへ。
1年ぶりくらいだろうか?
品揃えは抜群なのだけれど、例の「いらっしゃいませぇ」という連呼が激しくて、
買う意欲が失せるような店舗だった。
それがガラリと変わっていてとてもいい雰囲気。
あの連呼がなくなっているとわかってれば、もっと早く来たのになぁ。
今週の土日はキャンペーンらしく105円の本が80円。
すばらしいbleah
ここぞとばかりに参考書、問題集などなど、買い捲った。

やっと大根の収穫が終わってほっと一息ついたけれど、
今度は塾の新年度が始まる。
その準備で、18きっぷの旅の前後は忙しい。
そういう忙しさがあるから、18きっぷの旅のひとときも楽しさが倍増する。
「貧乏暇なし」という言葉があるけれど、僕のような人間にはちょうどいい。
貧乏で忙しいから、酒の席を断る大義名分があるわけだし、これは案外大きいかもなぁ。

まぁ、「いい人」と思われるような人付き合いより、
いいヤツだけど、・・・、と但し書きがつく程度の人付き合いが程よいかもなぁ^^

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「時代」をBGMにお茶を飲み

高速船の往復券は1週間の期限付きのため、
今回はフェリーわかさで鹿児島往復になる。
鹿児島に着くと雨がパラパラ、
ipodから流れる「いきものがかり」がBGMにちょうどいい。
見事にこのバンドにはまってしまったなぁ。
声も曲も詞もいいなぁ、同じアルバムをこんなに何回も聴いたバンドは久しぶりだ。
彼女たちは80年代前半の生まれらしく、僕よりもふた回り近く年下になる。

久しぶりにバスを利用して港まで行った。
バス停まで父に車で送ってもらい、そのついでに図書館に寄った。
父が返却する本があるということでの立ち寄りだったのだが、
地元の図書館にはどんな本を置いているんだろう?という期待もあり、
ちょっと覗いてみたかった。

入り口までは何度か来たことがあったのだけれど、
奥の方にまで進んで行ったのは初めてのことで、
思っていたよりも蔵書が豊富であることに感動。
と言っても、まだまだ十分ではなく、後、数倍は欲しいよなぁ。
本棚を眺めていると、eyeと目に入ったのが、
村上龍さんの「半島を出よ」
お~~~~、感動だ。
これを読みたかった。
これは上下巻の単行本で合わせて3700円もする。
まぁ、例のごとく僕の図書館でもある?^^
ブックオフの105円コーナーでチェックしていたのだが、
これがなかなか出てこない。
なんと、こんなに身近にあったとは。
早速、カードを作ってもらい、これで、種子島の図書館全制覇^^
自慢することでもないけどなbleah
半島を出よ、は合計800ページ以上もある長編だ。
18きっぷの旅の楽しみがまたひとつ増えた。

午前中、田んぼの草払いを草刈機で30分、
その後実家に帰り、台所のドアを開けると、
母が家事の合間の休憩に座り込んでお茶を飲んでいた。
母はいつもラジオを聴きながら家事や農作業をしている。
ラジオから流れている音楽は「時代」。
中に入っていくと、
「これを唄っている中島み、?、なんとかさんはエライ人じゃとやなぁ」とつぶやく。
理由を聞くと、
「時代」をリクエストしたリスナーの人のこの唄への思いが紹介されたらしく、
その内容を聴いてのことだ。
終戦直後の思い出話で、
「あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ」という詞の部分が
リスナーの心に強く残っていたらしい。
中島みゆきさんはいくつなんだろう?
終戦直後に青春を過ごした人が、終戦から数十年を経て聴いた「時代」を聴いて、
その唄に感動したという事実。
音楽の力のすごさであり、中島みゆきさんはやっぱり偉大なんだなぁと実感。

音楽は世代を超える、
あぁ、でも、僕はいきものがかりに感動はしてないな、ゴメンbearing

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花屋の店先で

こういうことをすればいいかもなぁと思ったりしても、
それをすることがちょっと面倒に思えてくると、
ま、いいか、と流してしまう。
以前は、そういうことをすればいいことがあるかも?というような思いもあり、
それなりに、いいかもなぁ、と思うことをしたこともあったのだが、
最近は、それがなくなったなぁ。
って、とっても抽象的でわけがわかんないな^^

今日は午前中、オオギキリ、サトウキビを切り倒す作業、
道路側2mと奥の畝を1本、切り倒した。
明日から2週間あまり種子島にいないので、
自分がやらなければならないことをトントントンと片付けた。
サトウキビを切り倒しながら考えていたことは、
小沢さんの秘書の逮捕と検察の狙いだ。

・・・うそっぽいか?^^

大学での専攻は何か?と尋ねられることがあるのだけれど、
僕は、今の生活とは全く関係ない学科で、政治学科だ。
政治学科というのは、何を学ぶかというと、
例えば、アメリカ政治史、東洋政治史、比較政治論、現代政治論、政策論などなど、
見事なくらいに今の職業に関係ないものだ^^
でも、当時は、それなりにおもしろくて、講義は真面目に受けていた。

4年間、政治学を学んで得た結論は、
一生、政治的なことに関わるのはやめよう、というものbleah
清き一票を投じるだけの政治参加を続けるだけにしておこう、と。
理由は・・・、またいつかどこかで^^

こうすればいいかもなぁということをしなかったことに、今、後悔があるのだけれど、
この後悔も、明日になれば、まぁ、自分がしなかったんだからしょうがない、と、
さっさと忘れてしまうことも出来るようになった自分がいる。
学生時代はそういうふうに忘れることもできずに、その後悔がしばらくは残って、
あぁ、面倒だなぁと自分にイライラすることもあったな^^

政治っていうのはいろんな人たちの欲望が集まるところでもあるから、
まぁ、大変な場所ではあるな。
僕のように面倒jなことを極度に嫌う人間が行くところじゃないだろうなthink

で、小沢さんだが、種子島の僕の住居の玄関先に、
雨に濡れて黒っぽくなった小沢さんの本があった。
小沢さんという人は20代半ばからずっと政治家として生きている。
ということは、政治家以外の人生を知らないということだ。

小沢さんが、花屋さんのオヤジとして店先に立つ光景を頭に描いてみた。
僕が花を買いに行ったら、小沢さんは「いらっしゃいませ」とにこやかに言えるかなぁ?

・・・何言ってんのかわかんなくなってきたので、おやすみなさいm(_ _)m

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着々と

僕が晩酌をしない理由は、晩酌をするという習慣がないことと、
晩酌の時間が勿体なく思えること、
まぁ、何よりも、そこまで酒が好きじゃないということだろう。
僕の父親は毎晩のように晩酌をする。
1年前は、1ヶ月に1度くらいは付き合おうかな?とも思ったけれど、
現実には、見事に「0回」だbleah

僕の場合、種子島では昼間は農作業で、夜、塾のことをあれこれやるので、
酒を飲むとそのアレコレができなくなってしまう。
でも、僕は飲まなくてもいいわけだから、
晩ご飯のときにでも付き合えばいいことでもあるが、
僕の晩ご飯は、いつも軽く早い時間に済ませるので、一緒に食べるということがない。

この年までひとりで暮らしてきたわけだから、
もう自分の生活パターンが出来上がってしまっている。
だから、どうしても日常の夜の食事に時間をかけるということが、出来ない。
2日続けて夜の食事に時間がかかったらそれだけでストレスがたまってしまうcoldsweats01
旅行とか正月やお盆のような特別な日はなんとも思わないんだけどなぁ。
ま、しょうがない。
いつかは、夜の食事に時間をかけることが楽しくなることもあるだろう、わかんないけど^^

で、18きっぷの旅が始まる来週、
初めて会う人との初めての語り合いが楽しみだ。

ということで、13,14、友人お勧めの東京の宿、決定しました。
スケジュール変更がないことを祈ってます^^

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幸せの探し方

どうやったら楽しく生きられるのか?
そういうことを質問されることもある。
20年後の自分、30代の自分は幸せなのかなぁ?とポツリという。
どんな20代、30代を生きるといいんだろう?

楽しく生きる方法は、ひとりひとり自分自身で探すしかない。

自分の生き方がとても快適かどうか?
自分はホントに心から楽しんで生きているかどうか?
それを自分で確認する方法がひとつある。

それは、他人の人生を羨んだりすることがあるかどうか?ということ。
ああいうふうに生きられればいいなぁ、とか、
あんな生活を送れるといいなぁ、とか、
そういう気持ちになることがなければ、
その人の今の人生はとても快適な人生なのだと思う。

1年前から、僕は今のこの暮らし方を始めたのだけれど、
この1年、他人の人生をうらやんだことは一度もなかった。
この快適な暮らしにたどり着いたことが、とても嬉しくて、大満足の1年だった。
2年前は違う、安定した収入が入ってくる人を羨ましく思っていたからなhappy02
あんな暮らしがしてみたいなぁとか、
あんなふうに生きてみたいなぁという、
「あんな」を感じたことがそれなりにあった。

何が変化したのか?
経済的には2年前よりもひどい状態だ。
だから、経済的なものは楽しく生きる方法としては、
あんまり意味をなさないということだろうな。
宗教にのめりこんだわけでもないbleah
ま、その変化に関しては、また今度じっくりと^^

ただ、今の自分にとっては、今の暮らし方がいいのであって、
10年後も、今と同じ暮らし方が快適な暮らし方なのかどうなのかは言えない。
人は年齢と共に体力も衰えてくるし、生活環境にも変化が出てくる。
その年代、その環境に応じた幸せな暮らし方がある。

で、幸せの探し方だ。
今日は高校の卒業式。
僕のブログを読んでいる10代は約1名だけど^^
その約1名の君へ。

とにかく、いろんなことを体験してみることだろう。
どんな些細なことでもいい、
いろんなことを体験して感じてみること、
そういう体験の中で自分の心がやすらぐ感情が表れるとき、
そういう「とき」を記憶の片隅に入れておいて、
自分自身の心の幸せの形として、保存しておく。
そして、それをいつでも引っ張り出せるような生き方をしていけばいい。
そうすれば、どんな生活をしようが、結婚しようが、独身でいようがbleah
まず、生きていることが嫌になることはない。

去年の僕だったら胸を張って、幸せの探し方、なんてメッセージは言えなかったけれど、
今は、自信を持って言える^^
他人の人生を羨むことがなくなること、
この感覚はホントに最高にいい。
それは誰もが味わえるようになれる感情でもある。

大学生の元塾生が、僕のブログを読んで、
「こっち(以前塾をやっていたところ)にいたときより楽しそうですね」
とメールを送ってきたことがある。

いや、正直言うと、当時の僕は、
君たちを教えていた時間は楽しかったのだけれど、
それ以外の時間はそれほど楽しくもなかった。
けれど、今は違う、起きている時間、すべてが快適だ。
寝るのがもったいなく思うから^^

老人になっても楽しいことってあるのかなぁ?と尋ねて来た生徒がいた。
い~~~っぱいあるよ、幸せの形はどんどん貯まっていくわけだから、と答えた。

世の中は厳しいことが多くて、とか、
人生は儚くつらいことばかりだ、とか、
社会の勝利者になるためには、とか、
そこだけを強調されれば、
生きていくことがそれだけでおっくうになっても仕方がない。

厳しいことは世の中にあって当たり前で、
はかなくつらいことも人生にあるのは当たり前で、
そういう感情を自分の心のどこかに静かに保存しておいて、
そういう感情といっしょに自分がやすらげる心のありようを育てること、
それができればいい。

それと、長渕が唄っていたように、
勝つか負けるかなんていう人生のシナリオなど破り捨てろ、だ^^

どんなにつらいことがあっても、
つらいことがあった次の日までは生きてみることだろう。
つらいと感じた次の日まで生きてみること、
次の日もつらかったからまた次の日まで生きてみる、
それを続けていけば、心やすらぐひと時が必ずある。
そういうひと時の積み重ねが充実した人生へとつながっていく。

10代の君へ、
書きながらとっても上から目線のような気がしてきたけれど、
こちとら、もうすぐ50代だから、ま、これくらいいいよな^^

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モチベーション

東京で塾を経営していた人が「立地条件さえよければ生徒は来る」と言っていた。
指導内容云々は後回しでも、立地&勉強環境が大切と。
駅のそばで、きれいなビル、集中できる教室環境。

確かに、それは言えなくもない。
中学生の指導となると、基本的なことが多く、
暗記しなければならない用語や公式が多い。
そうなると、指導法云々というよりも、生徒の勉強へのやる気をどう引き出すか、
それが最も大切だ。
生徒のモチベーションをどう上げていくかだ。
ただ、「不安を煽る」というやり方は邪道だと思う。

都会では公立中学で、夜スペという形の塾をやっているけれど、
あれも、要は、夜の勉強が子どもたちを集中させるから、いいわけで、
指導技術に関しては、学校の先生の方が、塾の講師よりも上手い人が多い。
あぁ、下手な先生はいるけれど、それは1割にも満たない。
公立中学校の先生たちは30~40人の生徒を対象として、
さらに、理解力のある生徒から、ほとんど理解できない生徒までを
同じクラスで教えるのだから、塾講師と比較すること自体に無理がある。
これが高校となると、違ってくる。
予備校講師と高校教師では、大きな差がある。
高校教師は指導下手な先生が少なくない。

今日の昼、弁当を買いに出かけたら、途中、新しくできた中華食堂の前を通り、
ふと、ラーメンを食べたくなって入ってみた。
ラーメンを食べたくて入ったのだけれど、店に入ったら、天津丼が食べたくなり、
それを注文した。
注文した後で気づいたのは、その天津丼が900円であったことだ。
280円弁当3食分以上だweep
運ばれてきた大盛りの天津丼を食べながら、
そのお店が今後流行るためには、
天津丼のご飯とたまごの量を減らして金額を安くすることじゃないかな?とふと思った。
味はそんなに悪くないし、お店の方々の懸命さは伝わるだのけれど。

この店は流行るだろうなぁ、とか、この店は流行んないだろうなぁ、とか、
そういうのは、素人でもなんとなくわかるもの。
塾は、僕の場合、玄人に入るから、この塾は生徒が集まるなぁとか、
この塾は集まらないだろうなぁというのがわかる。
そういう客観的な目から見て、僕がやっている塾はどうかというと、
ま、・・・アレだなbearing

今年は大学受験生が鹿児島と種子島にひとりずついる。
大学受験生は、表立って募集しているわけじゃなく、
たまたま流れからそういう状況になってしまったということで^^
でも、きてくれるからには、通ってよかった、と思ってもらいたいから、
そのためには、自分自身のレベルをもっともっとアップさせないとなぁ、と、
僕のモチベーションは上がりに上がっております`´
空回りにならないように気をつけないとなwink

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